神経発達症のある子の成長を見守る―子ども・養育者・医療関係者のコミュニケーションから―
監修
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所知的・発達障害研究部 部長
岡田 俊 氏

「発達障害」から「神経発達症」へ

 2005年に施行(2016年改正)された「発達障害者支援法」では、発達障害を「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義しています。アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-5)や2022年に発効される世界保健機関(WHO)のICD-11では、発達障害は「神経発達症」と表記されます。「障害」という言葉が与えうるデメリット等を考慮して日本でも神経発達症とする流れになりつつあり、本稿では神経発達症として解説します。

脳の機能の偏りが原因
二次障害や精神疾患を併せ持つことも多い

 代表的なものは、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などで、その他に吃音やチック症、トゥレット症候群なども該当します。いずれも脳の機能の偏りが原因であり、物事の捉え方や行動の仕方に違いがあるため日常生活に困難がある状態といえます。症状の現れ方(特性)は個々多様であり、生涯にわたって対応していく必要があります。特徴として、複数の特性を持つ併存障害が多い、二次障害を含め高率に他の精神疾患(うつ病・双極性障害・不安症など)を併せ持つという点が挙げられます。二次障害とは、神経発達症とともに生きていく中で様々な悩みを抱えて生じる問題を指します。親や周囲から叱責が繰り返されれば、自尊心の低下や自己否定、やる気の喪失などを招き、不登校や抑うつ、反抗等を引き起こすことがあります。

 自閉スペクトラム症の特性は、1歳半頃から診断可能なこともありますが、おそくとも3歳頃には診断されます。ADHDの場合は、集団生活の中で診断がより確からしくなることがあるので、幼稚園や小学校低学年にならなければ診断が難しいこともあるでしょう。

【代表的な神経発達症と主な特性】

▶自閉スペクトラム症

❶対人関係やコミュニケーションの困難さがある(話し言葉が出ない/反響言語が多い/例え話や冗談が通じない/一方的に話し続けるなど)

❷こだわりが強い(ぐるぐる回る、ジャンプなど同じ行動を繰り返す/特定のものに執着するなど)

▶注意欠如・多動症(ADHD)

❶不注意(気が散りやすい/興味がない・意欲がないものには注意が持続しない)

❷衝動性(待つことや我慢が苦手)

❸多動性(落ち着きがなくじっとしていられない)

▶学習障害(LD)

❶読字障害  

❷書字表出障害(文字が読めても正しく書けない)

❸算数障害

▶チック症・トゥレット症候群

チック症は急に出現する運動や音声が、繰り返し・不随意に出現する疾患で運動性チックと音声チックがある。多彩な音声チックと運動チックが一年以上みられる場合はトゥレット症候群と呼ばれる。

主な薬物療法
自閉スペクトラム症とADHD

 自閉スペクトラム症やADHDへの対応は、環境調整や行動面からのアプローチがまず試みられます。しかし、日常生活の改善が十分でない場合には、薬物療法が試みられるケースがあります。主な薬剤をにまとめます。

小児の神経発達症に処方される主な薬剤

 自閉スペクトラム症の易刺激性(癇癪など)にはリスペリドン(リスパダール)、アリピプラゾール(エビリファイ)が用いられます。ADHDではメチルフェニデート徐放錠(コンサータ)、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)、リスデキサンフェタミン(ビバンセ)の4剤を使用します。

 ADHD治療薬により、かえってイライラが高まることもあります。また、抗精神病薬の投与で鎮静、眠気、そわそわ感(アカシジア)、体重増加などを来し、QOLの低下を招くこともあります。抗うつ剤はこだわりが強かったり、抑うつ症状が顕著である際に使用されますが、かえっていらだちが高まることもあります。抗不安薬やベンゾジアゼピン系睡眠薬は脱抑制や興奮等の奇異反応を来すことがあるため、ほぼ使用しません。睡眠障害がある場合には非ベンゾジアゼピン系睡眠薬のメラトニン(メラトベル)が承認されています。

 神経発達症における薬物療法は、子どもが日常生活を送りやすくするために必要に応じて行う補助的な役割を担うものです。自閉スペクトラム症であれば、易刺激性の発現の程度を和らげ、こだわりへのアプローチや環境調整を行いやすくするために用います。ADHD治療薬は本人の特性に合えば、非常に生活を改善するものになります。しかし、神経発達症はADHD単独あるいは自閉スペクトラム症単独といった様相ではなく、混在した特性がみられることが少なくありません。ADHD治療薬でどの程度まで治療できるかといった確認や、薬が合わずに逆に不安定になってしまった際には医師や薬剤師へ迅速に相談し、服用を中止するといった対応を家族が行える余力があるかも考えて薬剤選択をする視点も必要です。

薬剤選択には生活リズムも配慮
剤形は子どもと相談も

 デキサンフェタミンは30日の投与日数制限があるため、月1回の通院が必要になります。メチルフェニデートの作用時間は12時間であり、夕方以降に塾など習い事をする子どもが多くいます。効果は多少穏やかであっても、子どもの生活時間帯に効果が持続する薬剤を選択する配慮も求められます。子どもが錠剤等の服用ができない場合は、アトモキセチンの内用薬もあります。その後、当初は服用できなかった錠剤等を練習して服用できるようになる子どももいます。一概に「この剤形の薬剤は飲めないから飲まない」とするのではなく、子どもと相談してみるのも良いでしょう。

主訴を子ども自身に置き換える
コミュニケーションの積み重ね

 薬物療法を行っても神経発達症そのものが消失するわけではありません。しかし、薬剤で症状を軽くしながら日常生活をするうちに、自分なりに工夫して支障なく生活ができるようになることもあります。また、時間やカリキュラムが定められている学校生活から、大学等への進学と共に環境が変わり、自分で生活リズムを選択できるようになったり、好きなことを楽しむ余裕ができたりすると、薬剤を必要としなくなることもあります。

 こうした実情を理解したうえで、診察や服薬指導時に飲み忘れの確認を行い、服用を忘れたことがあれば「その際はどういう感じだったか?」と尋ねます。重要なのは、飲み忘れを責めるのではなく、服用しなかった際のことを振り返り、メリットとデメリットを確認することです。「おいしく食事を摂れた」「リラックスできた」等、メリットの方が多いと子どもが感じていれば、薬物療法の中止を検討します。自らの意思で服用しなかった場合も、その理由を尋ねます。「食欲が落ちたから」「自分らしくないように感じたから」等、その子どもなりの理由があります。服用しなかった際の状態を確認して日常生活を送るうえで問題がなければ、同様に中止を検討します。

 子どもの神経発達症の受診は、周囲とのトラブルや不眠等の困り事など「周囲(特に親)の」主訴から始まります。それをどこかのタイミングから「子ども自身の」主訴に置き換える必要があります。そのためには日常的に親子間で話し合う関係性を築く、つまり自身の状態を子どもに語らせるといったやり取りの積み重ねが大事になります。先述した薬剤の選択も、親子の協同作業として「薬を飲んでみてどうだったか?」「飲みにくかったか?」「どんな味だったか?」とコミュニケーションを取り合うよう勧めましょう。やがて、子どもの感覚として「暮らしやすいか」に落とし込み、服用をしなかった際に感じたことを家族、医師や薬剤師等も共有して薬物療法をやめる時期を検討していきます。

ADHDとデジタル治療用アプリの可能性

 2020年6月、8~12歳の小児の不注意優勢型または混合型のADHDにおける「不注意症状の改善」への適応で、世界初のゲームベースのデジタル治療用アプリ「EndeavorRx」が米国食品医薬品局(FDA)の承認を取得しました。当アプリはADHDの神経心理学的なスコアを改善すると言われており、日本でも治験が実施されています。こうしたデジタル治療用アプリの効果が認められれば、心理社会的指導と薬物療法間での活用や、薬物療法の補助として薬物療法を軽減できる可能性があります。一方で、最近は子どものゲーム依存の問題も話題に挙がります。デジタル治療用アプリが、ADHD症状を改善しうるのか、良好なアドヒアランスを示しうるのか、有害作用への懸念を払拭しうるのか。もしこれらの点をクリアしたとすると、実際の治療の中でどの段階に位置づけられるのか、またどのような処方形態になるのか、といったことはまだわかっていません。

身近な相談役となる薬剤師
残薬の確認の重要性

 子どもに服薬させることに不安を抱える親御さんは多く、薬剤師がコミュニケーションを取ることは多いと思います。効果や副作用の確認、剤形の相談、風邪薬など他の薬剤との飲み合わせ、昨今であればコロナワクチン接種の可否に関しても質問があるかもしれません。薬剤師の皆さんには、親御さんが安心できるように的確な説明と助言を期待しています。また、親御さんが食卓に出す等の薬の準備をしておいても、神経発達症の子どもは飲み忘れることが多々あります。逆に、服用したことを忘れて再度服用してしまうこともあります。親御さんによる服薬管理が必要です。

 メチルフェニデートやリスデキサンフェタミンはADHD適正流通管理システムによって管理されています。薬剤の処方ペースが早い、服用後の子どもの様子に関する質問に対して回答が曖昧といった疑問を抱く点があれば、服用すべき子どもが服用せずに家族が服用している可能性も考えなければなりません。依存・乱用・不正使用などを防止するために、必ず残薬の確認と必要に応じて薬剤受け渡し時に質問することが大切です。

COLUMN|ペアレント・トレーニングの有用性と普及への課題

 ペアレント・トレーニングとは、環境調整や子どもへの肯定的な働きかけを学び、保護者や養育者の関わり方や心理的なストレスの改善、子どもの適切な行動の促進と不適切な行動の改善を目的としたプログラムです。プログラムの手法はいくつかありますが、「親の対応を変えることで親子関係を改善する」「小さな成功を積み重ね、子育ての自信を高める」という基本的な考え方は同じものになります。

 重症な行動上の問題を抱えている場合は薬物療法が必要になることが多いですが、中等症程度であればペアレント・トレーニングは第一選択となります。自治体や医療施設、発達支援機関等で実施されることもありますが、プログラムを実践できる人材不足等の背景もあり、広く普及していません。また、医療機関におけるペアレント・トレーニングの実施も十分ではありません。背景には、診療報酬がついていないという事情もあります。ADHDの治療においては、薬物療法を実施していても常に心理社会的治療を併用することが求められています。そのため、ペアレント・トレーニングの診療報酬収載が期待されます。

※対象:ADHDなどの特性のある子どもの親。子どもの年齢は3〜10歳程度

岡田 俊 氏 プロフィール

1997年3月京都大学医学部医学科卒業後、同大学医学部附属病院精神科神経科勤務。その後、名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科等の勤務を経て、2020年4月より現職。国立精神・神経医療研究センター病院発達障害外来だけでなく、特別支援学校学校医、知的障害者(成人)入所施設の医師も務める。